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三つ子の魂

  • 執筆者の写真: Momoyo
    Momoyo
  • 2017年10月13日
  • 読了時間: 6分

新しい学年に入って、音楽アカデミーでの一番難しい仕事、

「生徒たちが無理なく来られる、オルガンクラスの時間表作り」

がなんとか終わりました。

今年も二つのアカデミーで教えています。

(写真は、トゥルネーの音楽アカデミーで、建物がとても古く、修道院の中の一部が音楽学校になっています)

さて、時間表が決まって、全ての締め切りとなる9月30日にはそれぞれの学校に提出したのに、10月に入った先週、一つのアカデミーで、

「申し訳無いのですが、空き待ちだったピアノのクラスの席がようやく空いたので、

オルガンからピアノのクラスに移動します」

と一人の生徒さんが旅立って行ったので、

同じくピアノのクラス待ちだけど、オルガンでとりあえず始めたい、という別の子供がオルガンクラスに入ってきました。すでにソルフェージュのクラスに入っていたので、こうした変則的なことが可能なのでした。

本当に体も細い、小さな子だったので(アカデミーは小学生以上が普通なのですが)私は少しびっくりして、その子に

「今何歳なの?」

と訊くと、

「今、何時なのですか?」

と真剣に問い返してきたので、意表を突かれつつも思わず腕時計を見て

「夜6時だよ」

と言うと、

「あと50分で7歳です!!」

と、それはもう、嬉しそうに答えてくれたのでした。

えっじゃあ今日お誕生日!誕生日に初めてのオルガンレッスンだったのね。

おめでとう!と言って別れたのですが、

あと50分って、、、正確すぎる子どもですね!

「指がそれぞれの手に5本あって、手は鏡で見たように対称の形になっているから、親指が1、人差し指が2、というふうに指づかいを数字で表して音符の横に書いて音を読む練習に使うけど、12345と動かしたら右手はドレミファソだけど左手はソファミレドになるんだよ。」

という説明は、たとえ最初に説明しても、相手が幼いと、んーイマイチよくわかんなかったねえー、まあ、またゆっくり説明するからね、という感じになりがちなのだが、

体はお人形さんのように小さいけれどものすごく賢そうなキラキラしたお目目でしっかり聞いて、

「そうですね!」

と納得してくれた彼女は、怪我を防ぐための、オルガンベンチの子供向けの座り方を教えたら(何も説明していないのに)落ちそうになりながら足でペダルの音を弾き始めたので、ピアノのクラス待ちで一年音楽をできなかったら、やっぱりこういう子はもったいないから、たまたまオルガンクラスが空いてよかったな!と思いました。

ときには、「あと一年思い切り外で遊んで、落ち着いてから戻っておいで!」と言いたい気分になる子もいることはいるのですが、まあ、バタバタしていて落ち着きのないように見える子でも、オルガンのフィジカルな部分に興味を持って、音はあまり読めるようにならなくても手は上手に弾けるようになったりもします。また、上に書いた子のように、体はとても小さいのに、つまり手もあまりにも小さくて、これは5度が弾けるかな?と思うような子でも、集中力と聴力があって、音を読むことにも興味を持ち、音楽の仕組みをすっと理解できる子もいる。

クリスマス前に発表会をするときには、生徒たちの家族でいっぱいになるオルガン部屋。若い生徒たちが多いと教える苦労はありますが、毎年ちびっこの演奏を聴いて感動する親や兄弟たちの顔を思い浮かべると、ゼロだったところからの演奏なんだから、本当に奇跡なんだよね、と思うのでした。

「三つ子の魂百まで」と言う格言が思い出されたのは、誰でも、100歳とはいかなくてもその人の音楽人生の終わりには、最初に始めた時のその子の良さが滲み出たような演奏になるのではないか、とふと思ってしまったからなのでした。あと50分で7歳の子は、今の時点ではある意味「良い生徒」のケースなのですが、様々な性格の様々なタイプの子どもたちを目の当たりにしていると、「良さ」にもこんなに種類があるんだなあ、と感動します。学ぶのが遅くても、演奏をしたときに、ちゃんと弾けていれば、全ては報われる。そういう意味で、クラシック音楽は、「良い音楽」を譜面にして使っているのだからまず底上げがあるというか、ギャランティーがあるというか、全ての子どもたちが「拍手してもらえる機会」が保障されているのだと思います。

そのあとで、例えばコンクールに出るだとか、どっちが早くたくさんの曲を習うかなど、生徒同士、競争してくれるとどんどん練習しますからこっちは助かりますけれども、でもそれ以前にできることはないかなと思ったので、レッスンの時「先生、弾いて見せてください。」という機会があれば、生徒にアイパッドを持ってもらって、録画することにしました。

はい、これで私もアラフィフYoutubeデビュー!

と言うのは冗談ですが(すでに作品ライブ用のアカウントは昔から持っているので、これは別で作りました)、生徒に、

「先生の顔は入れなくていいから、ちゃんと画面にペダルと手が入るようにして。」

とお願いしたのにも関わらず、たまに、私の首から上も入っているようです。

さて、これでみんな上手になるかな?

昨年よりも上達するかな?

今年は24人教えます。

たのしみ!

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・ポーチの中身・

というビデオがあったりしますが、私が好きなのは「えーっそんなものが入っているなんて」というケース。日本人ならマスクを持っている人も多いから、ベルギー人が見たら、どうしてそんなの持っているんだろ!おもっしろー!なんてみんな喜んで見ているみたいですが、私からするとマスクは特に面白くはない。面白いな!と思ったのは、蓋つきの化粧ブラシに粉をつけておいて、コンパクトは持たずにブラシだけポーチに入れている人。確かに、一回しか化粧直しをしないのならそれで事足りる。そしてコンパクトがないからとてもポーチが軽くなる。口紅も一回ならリップブラシにつけてそれだけ持って入ればどんな口紅よりも軽い。口紅は、案外重量がある。だからこれは最近、真似をさせてもらっています。口紅ぐらい持てば!と思う気もしますが、言い訳じゃないけど、私のポーチには音叉が入っています。Uの字になっている方を靴底とかに当てて丸い部分を机に立てると、440ヘルツのラの音が鳴る金属の道具。スマホにもPitchLabアプリは入っているのだけれど(チェンバロの調律や、余所のオルガンに行ったときにラの音が標準と違うことが多いのでまず調べるために)、やはり音叉はないと不安。実は絶対音感は、最近は頭の中にも入っているのだけど。痴呆になっていろんなことを忘れちゃってもラは忘れたくない。まだYoutubeでポーチから音叉を取り出した人はいない(全部見たわけじゃないけど)。


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